酔乱 租税法メモ

租税法関係のメモ。間違いについては優しく指摘して下さい。引用・転載はご自由に。タイトル変更。
ファイナイト事件・東京高判平成22年5月27日判時2115号35頁…再保険契約と準拠法
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草稿・判決文付
 いわゆるファイナイト事件・東京高判平成22年5月27日判時2115号35頁(確定・原審東京地判平成20年11月27日判時2037号22頁)の評釈を書く機会をいただきました。一審について概ね渕圭吾・判研・ジュリスト1400号173頁(2010)に同意、二審について概ね弘中聡浩・判解・租税研究2011年3月249頁に同意です。再保険料としての実質があるのかという本件の実体面での肝の部分にはタッチできません。
 一審について、課税要件事実の認定の段階で租税負担軽減目的以外の経済的実質を要求するかのような判断枠組みはおかしいのではないか(大筋で納税者勝訴とはいえ)という批判がありました。
 二審で、この点は改善された(何を善しとするか意見の対立がありますが、従来の判例・学説の筋に沿った)と思われます(「租税回避(行為)」または「否認」の用語法が、学説と若干違っているようにも見えますが)。しかし最も悩んだのは準拠法についてです。「すると、準拠法の問題が生じる。そして、本件では、本件ELC再保険契約の内容及び効力については、日本法を準拠法とする指定がされ、また本件ファイナイト再保険契約の内容と効力については、イングランド法(英国法)を準拠法とする指定がされているから、前者は日本の私法によるが、本件ファイナイト契約の法律関係は指定されたイングランド法(英国法)によって検討すべきとも考えられる。しかし、契約に関する準拠法は、当事者の指定により決定されるが(法の適用に関する通則法7条)、本件のような租税回避行為の有無が争点となる事案においては、適用する法律を当事者の自由な選択によって決定させるならば、当事者間の合意によって日本の課税権を制限することが可能となり、著しく課税の公平の原則に反するという看過し難い事態が生ずることになるから、同法42条の適用によって、外国法の適用を排除し、国内公序である日本の私法を適用すべきである。」と述べていることにつき、どうしたら従来の国際私法学説等と整合的に理解することができるか、という点で悩みました。結局私はこじつけレベルでしか書けませんでした。
 準拠法に関して、小柳誠「租税法と準拠法」税大論叢39号71頁(2002)等先行研究が幾つかありますが、今回の東京高裁判決が決定版ということにはならなくて、今後も暫く議論が続きそうだなと思われます。
| asatsuma | 国際課税 | 12:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
消費税の提供地基準と、独立当事者間契約における配分について
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 以前、消費税法4条3項および消費税法施行令6条2項7号の「役務」の提供地の判定基準について、興味深い裁判例があると書きました。ブログ2011.10.21
 課税地・提供地(place of taxation / place of supply)の判定基準について、立教のゼミ生が欧州等の事情を調べている最中なので、あまりヒントめいたことは書けないのですが、日本の消費税法(及び施行令)の基準の中にも、不思議なものだなあと思わせるものがあります。
 最近、外国の業者(アマゾン等)が日本の消費者向けに電子書籍等を提供するようになるかもしれないと報道されています。提供者が外国法人であるとすると、日本の消費税が課せられないかもしれない、といったことは、前世紀から議論されてきましたが(渡辺智之・浅妻章如「電子商取引をめぐる国際課税上の諸問題」ジュリスト1183号118頁2000.8.1-15等参照)、いよいよか、という感じがします。この問題については、法改正しないとどうにもならないのだろうな、と思われます。
 今回のブログ記事は、とりあえず立法論はおいておいて、現行法下で日本の消費税がどこまでかかってくるかということについて、です。日本の出版社と外国の業者との関係で、消費税等はかかってくるのかどうか、という問題についてです。

作家A→→日本出版社B→→外国業者C→→日本消費者D

 今回、CD間については、現行法下で概ね課税できないだろうということで(消費税法4条2項「保税地域から引き取られる外国貨物」に当たらず、同条3項2号「役務の提供である場合 当該役務の提供が行われた場所」が日本にないと考えられるため)、それ以上は考えません。(立法論として課税しようと思うと欧州の登録制度などを参照することとなるでしょう。また、消費税増税が現実味を増してきますと、供給者が外国法人であるというだけで日本の消費税が課されないというままでよいのか、ということについて、議論が再び加熱していくであろうと予測されます。が、それはさておき。)
 また、AB間については、消費税法施行令6条1項6号「著作権等の譲渡又は貸付けを行う者の住所地」の問題となると思われます。Aが著作権を保持したままBに「貸付け」(ライセンス・使用許諾)をするという関係でしょうから(私がオランダの出版社宛てに文章を書く時は、著作権ごと出版社に渡すこととなる場合が多いような気がしますが、外国の出版における慣例はさておき)、作家A1が日本に住んでいれば日本の消費税がかかるし、作家A2が外国に住んでいれば日本の消費税はかからない、ということになるのでしょう。
 よく分からないのは、BC間についてです。著作権のサブライセンスの関係であるとして、消費税法施行令6条1項6号「著作権等の譲渡又は貸付けを行う者の住所地」が適用されるのか(サブライセンスもここにいう「貸付け」に含まれると思われるのですが誤っていたらすみません)(同項5号が特許権等について「これらの権利の登録をした機関の所在地(同一の権利について二以上の国において登録をしている場合には、これらの権利の譲渡又は貸付けを行う者の住所地)」と第一義的には財産所在地に着目していることと比べて特許権等と著作権で何で違いがあるのだろうという興味が湧きますが……似たような違いは所得税・法人税の文脈における所得源泉の判定においてもありますが……5号括弧内を見ると結局特許権等と著作権等との間であまり違いはないということかもしれません)、BからCへの役務提供の関係であるとして、同条2項5号「情報の提供又は設計を行う者の情報の提供又は設計に係る事務所等の所在地」または7号「役務の提供を行う者の役務の提供に係る事務所等の所在地」が適用されるのか、という点についてです。5号か7号かは、恐らくあまり違いをもたらさないであろうと思われますので、とりあえず落ち穂拾い規定の7号の方を念頭に置きます。
 同条1項6号であろうと2項7号であろうと、どちらであっても、消費税法7条1項5号、消費税法施行令17条2項6号または7号により、輸出免税の対象となるのでしょう(この点、先日アップした時には勘違いがありました。すみません)(BがAの代理人であるにすぎないといった法律構成であったらどうなるのかとか、BCが共同事業を営む組合のようなものを結成するとするならばどうなるのか、とか、色々話は膨らみえますが、そこはさておき。)

 先程「よく分からない」と書いたのは、第一義的には、BC間でどういう契約交渉がなされているか分からないから、ということでありますが、もう一つ、BC間の契約書面上の法律関係を、税務署長はそのまま認めるであろうかという問題もあると思われるからです。仮に消費税の文脈では【著作権のサブライセンスか役務提供か】であまり違いが生じないとしても、所得税・法人税の文脈では租税条約との関係で違いが生じうるからです。Cが米仏英等の法人でしたら使用料について源泉徴収課税が租税条約により禁じられるであろう一方、Cがドイツとかカナダとかの法人でしたら使用料についてC所在地国の源泉徴収課税がありえます。BC間で全額役務提供の対価だという契約書を作成していたとして、税務署長がその法律構成を認めてCに源泉徴収納付義務を課さない、と言い切れるでしょうか、という問題が考えられます。
 BがCに具体的に何を提供することになるのか、報道されているだけの情報からは分からない部分が大きいので推測するしかありませんが、著作権のサブライセンスの要素と役務提供の要素が混在する例が多いのではないかと思われます。仮に混在していないものとして契約書が書かれていた場合に税務署長はそれを課税の前提としなければならないのか、仮に混在していたならば、サブライセンス料と役務の対価とに配分するべきなのか、配分するとしてどういう基準で配分するのか、BC間が元々独立当事者間の関係であっても別途配分についてarm's length基準とかを立てることになるのか、等々、疑問が尽きません。
 独立当事者間契約において、金額に関しては両当事者間で真摯に交渉した結果のものがでてくることが多いと思われますが(レバレッジとか粉飾とか資金洗浄とかが絡むとそうも言っていられないのではないかとも思われますが、今回そこはさておき)金額全体についてはおかしくないが配分についておかしいという形で税務署長(日本であれC所在地国であれ)がアタックをかけることがあるでしょうか。例えば、フィルムリース事件・最判平成18年1月24日民集60巻1号252頁において最高裁では吟味されませんでしたが、幾人かの方が【(減価償却資産ではない)映画の著作権等については0円で、(減価償却資産である)物体としてのフィルムの値段が86億円というのは、いくら独立当事者間での契約とはいえ、おかしいのではないか】という旨を指摘しておられたと思います。また、渕圭吾「法人格内部の『取引』に関する一考察」ジュリスト1423号106頁(2011.6.1)が岩手リゾートホテル事件・東京地判平成10年2月24日判タ1004号142頁(確定)等について指摘する配分の問題(課税される不動産所得と課税されない帰属所得との間で費用を配分するのが筋なのではないか云々)にも繋がる問題であります。独立当事者間の契約であっても、配分次第では租税法上の効果が変わってくることがあるため、配分についてどう考えるべきかという問題は遙か昔から存在していたであろうと推測しますが、今後ますます大きな問題となると考えられます。

 ここまで書いてきてふと気づいたのですが、音楽配信に関して既に似たような問題が起きていると思われます。消費税(もちろん所得税・法人税も)の課税関係についても、或る程度実務慣行ができているのでしょう。その実務が法の正しい解釈に合致しているかについて、やはり日本のレコード会社(或いはJASRAC?)と外国の配信業者との契約関係がどうなっているか分からないので、吟味しようもないのですが。また、音楽と書籍・漫画等では、著作権に関する実務慣行も違っているのかもしれませんし、その結果音楽配信と電子書籍で課税関係に違いが生じないとも限りません。
| asatsuma | 国際課税 | 16:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
フィルムリース大阪高判平成12年1月18日民集60巻1号307頁…当事者の真意と異なる契約解釈
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 フィルムリース(パラツィーナ)事件最判平成18年1月24日民集60巻1号252頁についての私見は浅妻章如・法協125巻10号2363頁に書いた通りなのですが、抽象論ばかりで、原審大阪高判平成12年1月18日の契約解釈が、租税法適用の前段階の【私法上の問題】であるということにつき、学部生にも理解してもらえる上手い説明が思い浮かばないでおりました。
 しかし、次の例なら理解してもらえるでしょうと考えました。

例……Aが己の唯一の相続人であるBに何が何でも財産を遺したくない(遺留分を主張させたくない)と考え、Aは友人のCから役務提供(例えば肩揉み)を受け、役務の対価として十億円の金員を支払う(贈与だとBが遺留分を主張する余地が残る)。勿論Cは所得税の納税義務を負うことを覚悟している。

 遺留分に関し裁判所がAの狙いを潰すとすれば、次の二通りの方法を考えるでしょう。
 1.AがCに役務の対価として十億円を支払う真意はなく、真意は贈与であると契約解釈する。
 2.役務の対価という真意は否定できないが相続秩序を乱すものであるから裁判所としては公認できないとして、(介入的に)贈与であると契約解釈する。

 従来、租税法学者は1.の筋を念頭に置いて議論してきました。しかし私法上2.のような当事者の真意と異なる契約解釈の可能性もあると指摘したのが藤谷武史・租税法研究29号165頁でした。以後藤谷説の支持者も現れましたが、師匠を含め2.の余地を否定する(あくまでも1.の筋の問題とする)者もいます(師匠は藤谷説の意味を理解した上で、しかし2.の筋は否定すると言っています)。
 従来の租税法学では、租税負担軽減の意図があるからというだけで当事者の真意から離れて契約解釈することは許されない(参照:相互売買事件・東京高判平成11年6月21日判時1685号33頁)旨を強調する傾向が強かったのですが、しかし逆に、租税負担軽減の意図があるからというだけで当事者の真意と異なる契約解釈をする2.の筋はありえないと考えるのもおかしい、と私は(恐らく藤谷説も)考える訳です。
 上記の遺留分回避狙いの例について裁判所が1.の筋を採るか2.の筋を採るか又は遺留分回避を成功させるかは、具体的な事実関係次第でありましょうから何とも言い難いところです。しかし遺留分回避狙いについて2.の筋がありうるなら、租税負担軽減狙いの事例でも2.の可能性は否定できない筈だ、と私は考えます。
 この点、大阪高判平成12年1月18日は「真意」が云々という書き方をしてしまい、1.の筋の議論であるという見かけを呈してしまっていて、まずい作文でした。しかし、映画著作権等抜きの物体(減価償却資産)としてのフィルムの値段が86億円というのは、肩揉みの対価が十億円というのと同じくらい胡散臭い取引であり、2.の筋を当てはめるにはこの上ない好例であったと思われます。
 私は藤谷説支持ですが、調査官解説・谷口豊・法曹時報60巻8号149(2529)頁は、裁判所として2.の筋を採ることにつき躊躇があるようです。また、遺留分の例について2.の筋がありうるとしても租税負担軽減狙いの事案で2.の筋がありうることの論証は、このブログ記事でもできていません。この論証の詰めの粗さはともかくとして、原審大阪高判平成12年1月18日が租税法適用の前段階の【私法上の問題】を扱ったものであるということは、上の遺留分回避狙いの教室設例で理解してもらえるのではないかと思います。
| asatsuma | 法人税 | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
「その他」の範囲…最判平成22年7月6日判タ1331号68頁:自動車税減免
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 XがBに脅されてBのために自動車を買いローンも負担した。脅された結果としてXが自動車税の課税対象者となってしまったが、Xは、脅迫の結果なので税が減免されるべきであると主張した。地方税法162条・愛知県税条例72条「天災その他特別の事情」の解釈。一審請求棄却・控訴審逆転請求認容・最高裁逆転請求棄却、という劇的な経過を辿った事案であります。
 結論だけ見ると何とXに対して酷な判決なのだろう、と思いますが、先日の租税判例研究会で改めて読むにつけ、判決の論理の運びも粗雑であると考えました。

 判決文からの抜粋――「徴収の猶予について定める地方税法15条1項1号は,「震災,風水害,火災その他の災害」及び「盗難」という,いずれも納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって担税力が減少し又は消滅した場合のみを要件として掲げている。そうすると,本件条例72条の定める減免の要件としての「天災その他特別の事情」についても,徴収の猶予の要件よりも厳格に解すべきものであるから,少なくとも,これらの要件と同様に,納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって担税力を減少させる事情のみを指すと解するのが文理にも沿い,相当である。」[太字:浅妻]

 ここで「天災その他特別の事情」の範囲の画定に当たり「納税者の意思に基づかないこと」であるかどうかが効いていることが分かります。同様の傾向は、現在の所得税法72条(当時11条の3)の雑損控除に関するいわゆる「災難」事件・最判昭和36年10月13日民集15巻9号2332頁(「法一一条の三により控除される雑損とは、納税義務者の意思に基かない、いわば災難による損失を指すことは、同条の規定上からも明らか」)にも見て取ることができます。
 旧法下でどういう文言の解釈が問題になったのか気になったところ、11条の3「震災、風水害、火災その他これに類する災害又は盗難」という文言であったようであり、「その他」は「災害」にしかかかっていませんから、【「盗難」その他特別の事情】という解釈の余地はありません。従って、最判昭和36年10月13日は、本件において「納税者の意思に基づかないこと」という範囲を導く上での根拠となりえません。実際本件の一審・控訴審・上告審いずれにおいても最判昭和36年10月13日への言及はありません。

 「その他」の範囲が問題となった例としてぱっと思い浮かぶのが、いわゆる弁護士夫婦事件・最判平成16年11月2日判タ1173号183頁における、所得税法56条「従事したことその他の事由」の解釈であります。当時学説は、課税庁が「従事したことその他の事由」をあまりにも広く解釈しすぎていると強く批判していたのですが、そんなことお構いなしに最高裁は「その他」を広く解釈しました。従って私は講義の中で【「従事したことその他の事由」というのは「従事したこと等」「従事したことその他これに類する事由」といった文言よりも広く解釈されるのだ】と仕方なく教えているところであります。立法技術としても「その他」「その他これに類する」が使い分けられているとも聞きます。
 それなのに、本件で「天災その他特別の事情」を「天災その他これに類する特別の事情」と書いてあるかの如く解釈するというのは、最高裁の解釈態度として一貫性を欠くものとして批判されてしかるべきではないか、という疑問を先日の研究会で提起しました。
 (報告者が答えた訳ではありませんが別のA先生から)「従事したことその他の事由」と「天災その他特別の事情」の解釈が違う理由として、本判決は「本件条例72条の定める減免の要件としての「天災その他特別の事情」についても,徴収の猶予の要件よりも厳格に解すべきものであるから」と論じているという指摘を受けました。確かに最高裁はそれで説明したつもりであるのでしょう。
 しかしこの点については既に別のB先生が疑問を呈しておられました。曰く、【最高裁は、減免が徴収猶予よりも狭いと論じているが、減免と徴収猶予とでは全く趣旨が異なるのではないか。徴収猶予は主に納税者の資力の欠如に着目するけれども、減免というのは、例えば自動車とされているものがおよそ自動車とは言えないようなものである場合等も含め、納税者の資力の欠如とかとは無関係に判断される筋合いのものである。減免の場面が徴収猶予の場面とかぶらない、ということもありうるのではないか】(徴収猶予・減免について「担税力」の減少という同じ表現をすることは、けしからん)という疑問であります。
 B先生のこの疑問は私も正当なものであると思います(A先生も同意見)。そしてこの疑問が正当であるとすれば、本判決の「本件条例72条の定める減免の要件としての「天災その他特別の事情」についても,徴収の猶予の要件よりも厳格に解すべきものであるから」という理由は理由として効かない、ということになる筈です。その上で改めて、「従事したことその他の事由」と「天災その他特別の事情」の解釈があまりにも違うことについて問われなければならない(もう少し直截に言えば、最高裁の論理は通ってない)と私は考える次第です。

 なぜこのような粗雑な論理で、わざわざ控訴審から逆転させ、かくも納税者に酷な結論を導いたのか、不思議でなりません。判タの解説では事例判断と表現されていますが、このような粗雑な論理は先例として定着させるべきではない、と考えます。

追記2011.11.12
「その他の」「その他」の違い(Cf.ケースブック租税法3版337頁)、地方税法上の「減免」の意義についてコメントをいただきました。ありがとうございます。
| asatsuma | 地方税 | 14:14 | comments(4) | trackbacks(0) |
非対称的扱い…双輝汽船事件・最判平成19年9月28日民集61巻6号2486頁
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タックスヘイヴン子会社(CFC:controlled foreign corporation)に益が生じ、所定の要件を満たす時(適用除外要件を満たさない時)は、日本の株主(親会社)の所得に合算して課税する。
CFCに損(欠損、赤字)が生じても、株主の所得に合算することはできず、将来のCFCの利益から控除できるにとどまる。
 措置法66条の6(タックスヘイヴン対策税制。CFC税制、外国子会社合算税制とも)の規定通り、という内容であって、何故最高裁がこの事件を受理したのか、しかも民集にまで掲載されたのか、ということ自体が不思議な案件であります。先日の研究会では、何故古田補足意見が書かれたのか?という疑問に議論が集中しましたが、報告者も私も、なぜ古田補足意見が書かれたのか(わざわざ補足意見を書くからには何かの思いが込められている筈なのですが)が分からずじまいでした。
 最高裁判決文の中ではあまり触れられていませんが、問題となった課税年度の前の年度においては、CFC(この場合はパナマで便宜置籍船を保有する仕組会社)の損益を親会社の所得として扱って申告することが認められていたようであります。しかしそれが法の解釈適用として間違った運用であるというのが本判決の前提ですから、かつて税務署長がお目こぼしをしていたことを以って係争年度においてもお目こぼし的扱いを期待できる、という論理は成り立たないのだろうと思われます(従前の扱いではなく法の正しい解釈に基づく課税を認めた典型例として、パチンコ球遊器事件・最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁、アプライドストックオプション事件・最判平成17年1月25日民集59巻1号64頁…しかも後者においては通達を変える前の年度についても遡って給与所得課税をすることを肯定した訳で、かなり強烈であります)

前置きはさておき。
 【CFCの益を株主の所得に合算するのなら、CFCの損も株主の所得に合算するのが対称的取り扱いというものだ】という疑問が提起されることがあります(念のためですが先日の研究会でこの疑問を呈したのは私の師匠ではありません)。しかし私はこの疑問に共感できません。まず、タックスヘイヴン対策税制によって合算対象となる益は一定の要件を満たした益に限られるのでありまして、対称的に損も合算対象にしようとするならば、その範囲も規律する必要があります。ただし、この点だけでは対称論者の人を説得できないだろうということも予想できます。日本のタックスヘイヴン対策税制は基本的にentity approachで対象となるCFCの益全てを合算対象としますから、entity approachでCFCの全ての損も合算対象とすればよい、という反論が来るでしょう(平成22年改正以後に合算対象が少し変わりましたが、双輝汽船事件の時点では関係のないことです)
 より一般的な議論として、【益と損について対称的取扱いをすることは、理論上美しく見えるけれども、現実には非対称的取り扱いをすることも仕方ない】ということは、増井良啓『結合企業課税の理論』(東京大学出版会、2002)で論証済みであると思われます。益と損について対称的取り扱いを貫徹できない理由は、所得計算が経済実態に沿ったものとなるとは限らず、損だけ悪用される可能性を排除しがたい、というのがその理由であると理解しております。増井論文は主に国内の課税を念頭においたものですが、タックスヘイヴン対策税制が問題となる場面では軽課税国の法人の所得計算が問題となるわけでありまして、日本法の下におけるのとかなり所得計算が変わってきうる(一応日本法による再計算の調整が法律上用意されているとはいえ)訳ですから、【所得計算が経済実態に沿ったものとなるとは限らず、損だけ悪用される可能性を排除しがたい】という理由はますます強固に当てはまることでしょう。
 以上を要するに、現実の措置法66条の6がCFCの損を直ちに株主の所得に合算しないことについて、何も正当化理由とか説明とかは要らない、と思う次第であります。

 このように考えてきた時に、ふと思ったのですが、私を含めて同世代の租税法研究者は、対称的でない租税法上の扱い(広い意味での狙い撃ち課税的な扱い)について、法律論としては寛容である傾向があるかもしれない、と思いました(政策論として、対称的取り扱いが理想であることはいうまでもありません)。
 狙い撃ち課税が問題となりやすいのは地方税に関してであります。
 私は以前、横浜市の勝馬投票券発売税(馬券税)に関連して、多くの有力な学者が横浜市を批判しているけれども(最近もとある有力な先生から、ああいう狙い撃ち課税はいかがなものかと思っているという旨を伺ったことがあります)、法律論としては横浜市は非難に値しないという方向の議論を書いたことがあります(自治研究79巻1号131頁)。横浜市が馬券税をやめたので議論は深化しませんでしたが、私の議論は、有力な学者を説得するには至らなかったものの、同世代の方には(賛成いただけたかはともかく)それなりの説得力を提供したという感触(私の勘違いかもしれませんが)がありました。
 最近では、神奈川県臨時特例企業税条例を巡って学界が二分しており裁判例も一審・控訴審で逆転していて(横浜地判平成20年3月19日判時2020号29頁、東京高判平成22年2月25日判時2074号32頁……そういえば11月18日の租判で扱われる予定ですね)最高裁がどのような結論を出すか予想しがたい状況にあるところでありますが、県側についた吉村政穂評釈(自治研究86巻3号126頁、ジュリスト1404号74頁)を読むと、県を批判している人達の言い分は政策論としての望ましさとしてはその通りであるけれども法律論としては厳しい、と私は感じます(県を批判する人は法律論としても批判しているのですが)。本件は損失の利用を一定程度制限するという形での一種の狙い撃ち課税が問題となっている訳ですが、法律論としては県のやり方は批判しがたいのではないかなあと思うのです。無論、最高裁が逆転判決を書く可能性は当然ありますけれども。

 これら少ない例をもとに、私や同世代の研究者が、非対称的扱い(広い意味での狙い撃ち課税を含む)について法律論として寛容であるという傾向を導き出すのは乱暴な話ですが、そういう傾向があるかもしれないという観察日記としてこういうブログ記事を書くことをお許しください。なお、これらのことは、法律論として立法裁量を広めに許容する傾向がある、ということまでを意味するものではありません、ということも確認的に述べておきます。
| asatsuma | 国際課税 | 13:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京地判平成22年10月13日訟月57巻2号549頁 15/16米開催1/16日本開催のレース参戦→日本が役務提供地
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 今日の租判で扱われた東京地判平成22年10月13日訟月57巻2号549頁は大変興味深い事案でした。
 原告日本法人はIndy Racing Leagueに参戦し、スポンサー企業と年間スポンサー契約を締結してスポンサー料を得ました。このスポンサー料について日本の消費税が課せられるかという問題です。
 2003・2004年のカーレースは全16戦中、うち15戦がアメリカ開催、1戦のみ日本開催
 2005年のカーレースは全17戦中、うち16戦がアメリカ開催、1戦のみ日本開催
 こういう事実関係の下で、役務提供地は日本にあり日本の消費税法が適用される、とした裁判例です。これだけしか書かないと、何てひどい判決なんだ、という気がしてくることでしょう。
 しかし、少なくとも法令の解釈としては、仕方ないだろうなあという事案です。
 消費税が課せられるのは「資産の譲渡等」のうち日本で行われたものであります。
そして「資産の譲渡等」とは「資産の譲渡」「資産の貸付け」「役務の提供」を指すところ、役務の提供が日本で行なわれたか否かについて次のように規定されています。

消費税法4条  国内において事業者が行つた資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。
2 保税地域から引き取られる外国貨物には、この法律により、消費税を課する。
3 資産の譲渡等が国内において行われたかどうかの判定は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める場所が国内にあるかどうかにより行うものとする。
 一 資産の譲渡又は貸付けである場合 当該譲渡又は貸付けが行われる時において当該資産が所在していた場所(当該資産が船舶、航空機、鉱業権、特許権、著作権、国債証券、株券その他の政令で定めるものである場合には、政令で定める場所)
 二 役務の提供である場合 当該役務の提供が行われた場所(当該役務の提供が運輸、通信その他国内及び国内以外の地域にわたつて行われるものである場合その他の政令で定めるものである場合には、政令で定める場所[4項以下略]

消費税法施行令6条[1項略…資産の譲渡、資産の貸付けの場所の判定基準]
2 法第四条第三項第二号に規定する政令で定める役務の提供は、次の各号に掲げる役務の提供とし、同項第二号に規定する政令で定める場所は、当該役務の提供の区分に応じ当該役務の提供が行われる際における当該各号に定める場所とする。
 一 国内及び国内以外の地域にわたつて行われる旅客又は貨物の輸送 当該旅客又は貨物の出発地若しくは発送地又は到着地
 二 国内及び国内以外の地域にわたつて行われる通信 発信地又は受信地
 三 国内及び国内以外の地域にわたつて行われる郵便又は信書便(民間事業者による信書の送達に関する法律(平成十四年法律第九十九号)第二条第二項 (定義)に規定する信書便をいう。第十七条第二項第五号において同じ。) 差出地又は配達地
 四 保険 保険に係る事業を営む者(保険の契約の締結の代理をする者を除く。)の保険の契約の締結に係る事務所等の所在地
 五 情報の提供又は設計 情報の提供又は設計を行う者の情報の提供又は設計に係る事務所等の所在地
 六 専門的な科学技術に関する知識を必要とする調査、企画、立案、助言、監督又は検査に係る役務の提供で次に掲げるもの(以下この号において「生産設備等」という。)の建設又は製造に関するもの 当該生産設備等の建設又は製造に必要な資材の大部分が調達される場所
  イ 建物(その附属設備を含む。)又は構築物(ロに掲げるものを除く。)
  ロ 鉱工業生産施設、発電及び送電施設、鉄道、道路、港湾設備その他の運輸施設又は漁業生産施設
  ハ イ又はロに掲げるものに準ずるものとして財務省令で定めるもの
 七 前各号に掲げる役務の提供以外のもので国内及び国内以外の地域にわたつて行われる役務の提供その他の役務の提供が行われた場所が明らかでないもの 役務の提供を行う者の役務の提供に係る事務所等の所在地[3項以下略]

 消費税法4条3項2号において「当該役務の提供が行われた場所」が国内か否かで日本の消費税を課すか否かを決めるよ、と規定しています。しかし、「当該役務の提供が行われた場所」を探ればよいというのでもなく、括弧書きの中で、政令によって決めるよ、と規定しています。
 消費税法施行令6条2項の1〜6号を見る限り、カーレース参戦が含まれないことは明らかですので、同7号該当性が問題となります。とりわけ、同7号「国内及び国内以外の地域にわたつて行われる役務の提供」に該当するかが問われました。

 原告は、外国レース参戦部分と日本レース参戦部分とを区分して、日本レース参戦部分のスポンサー料のみが日本の消費税の課税対象となる(なお、アメリカには連邦レベルで日本の消費税に相当するもの――講学上は付加価値税value added taxと呼びます―――がありません)と主張しました。
 しかし裁判所は、対価(スポンサー料)の額が外国レース参戦部分と日本レース参戦部分とに合理的に区別できないため、同7号「国内及び国内以外の地域にわたつて行われる役務の提供」に該当し、全額について日本の消費税が課される、と判断しました。

 さて、法令解釈としては仕方ないということを述べましたが、役務提供地が国内か否かという原則論に照らすとやっぱりおかしいのではないか、という疑問が生まれます。
 しかし、スポンサー企業が日本法人かアメリカ法人(もしくはその他の外国法人)かで、経済的な意味合いが全く変わってくるよ、というのが本件の隠れたポイントのようです。残念ながらリンク先の判決文ではスポンサー企業の名前が隠されています。
 そして、今日の研究会で解説していただいたのですが、本件のスポンサー企業は全て日本法人であったようです。そしてスポンサー企業は本件原告に支払ったスポンサー料について仕入税額控除を主張していたということのようです。しかも、同種の事例を担当されたという方の解説によりますと、これは偶然そういう契約になったというのではなく、スポンサー企業が仕入税額控除を主張することができるように、念入りに仕組まれた契約の結果であるそうです。スポンサー契約のやり方としては、一戦ずつスポンサー契約をするかしないかという方法も考えられるところ、外国レース参戦のスポンサー料については明らかに役務提供地が国外とされスポンサー企業としては仕入税額控除を主張できなくなるので、外国レース参戦と日本レース参戦とがわざと一体になるような契約とし、スポンサー料全額についてスポンサー企業が仕入税額控除を主張することができるようにしている、という次第であるようです。判決文中で「年間スポンサー契約」という表現がある訳ではないですが、一年単位でスポンサー契約を締結していることに意味があるという訳です。
 そして本件は控訴を断念し確定しているようであります。原告としても、駄目元で訴訟まで行ってみたけど負けたから諦める、という感覚でしょうか。もしも原告が勝ってしまうと、今度はスポンサー企業の側で仕入税額控除が主張できなくなる、という迷惑が掛かる可能性(もちろん、原告に対する課税とスポンサー企業に対する課税は民事手続き上別々の問題でありますが)が生じるからか?との邪推も今日の研究会で流れておりました。
 また、同種の事案の別件で国税不服審判所平成22年7月20日裁決というのがあるそうなのですが(残念ながらここにはありません。TAINSの番号は聞き漏らしてしまいました)、そちらでも基本的に本件同様に役務提供地は日本とされているようであります。しかし別件においてスポンサー企業のうちの一社はアメリカ法人であったそうで、このアメリカ法人からのスポンサー料に関しては「預かり金」(?これがどういう意味なのか掴めませんでしたが)であるということで日本の消費税は課されないということにしているようであります。
 これと関連して、ドイツ法人とか英国法人とか、付加価値税が存在するけど日本の消費税との二重課税の可能性について何ら手当されていない法人がスポンサー企業だったら、どういうことになるのだろう?という疑問が研究会で提起されました(答えはなかった?)。

 さて、以上の説明を読んだ後、法解釈論としてはともかく立法論として、多くの方は【役務提供地の判定基準を、現行消費税法施行令6条2項7号のようにざっくりするのではなく、精緻化すべき】と考えるのではないでしょうか。今日の研究会でもそのような議論はありました。
 しかし(時間もなかったので)その場で私は議論を提起できませんでしたが、役務提供地の判定基準を精緻化すべき、という議論に私は違和感を抱きます。そもそも、消費税(付加価値税)の課税権配分基準として理想とされる仕向地主義(destination principle)に照らし、役務提供地に課税権があると考えられることが間違いである、と考えるわけであります。かつ、役務提供地を基準とすると事実上仕向地主義ではなく原産地主義(origin principle)となってしまう、という批判はかねてからなされているところであります。仕向地主義を理想とするのであれば、原告がどこで役務を提供したかではなく、【顧客であるスポンサー企業が原告から提供された役務をどこで利用するか】が消費税(付加価値税)の課税権配分の判断基準となるべきである、と考えます。
 では、本当に仕向地主義が消費税(付加価値税)の課税権配分基準として望ましいの?という疑問が提起されるかもしれませんが、伝統的な経済学説は仕向地主義を推奨してきましたし、(仕向地主義でも原産地主義でも競争条件への歪みは為替調整により生じないという近年の議論の成否と無関係に)昨今の企業誘致合戦及び租税競争を踏まえると、企業誘致合戦の影響をあまり受けないであろう仕向地主義の方が望ましいと私は修士論文以来考えております。
| asatsuma | 国際課税 | 21:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京地判平成20年11月28日税資258号順号11089 余剰容積率の移転の対価は不動産所得
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草稿・判決文付(PDF)
東京地判平成20年11月28日税資258号順号11089(連担建築物設計制度下での余剰容積率の移転の対価は譲渡所得ではなく不動産所得であるとした例)の評釈の機会をいただきました。東京高判平成21年5月20日平成21年(行コ)5号は一応読みましたが評釈対象外です。
既に色々な方が評釈をお書きになっている事例ですので説明は不要かと思います。
ただ、判旨の構造が掴みにくいですね。判旨3において、所法33条1項「資産の譲渡」に該当しうるものは所令79条1項に挙げられているもの「に限る」と書かれており、規定の構造からしても令79条1項が限定列挙であると理解することに無理はないのですが、限定列挙であるとすると、判旨2において余剰容積率の移転が「資産の譲渡」に当たらない(本件の地役権が「資産」に当たらない)ということを熱心に論述する意味はない、ということになりかねません。
私は判旨2にも意味があると考えたいですが、自信はありません。
判旨2に意味があるか、のみならず、判旨2は説得的か(借家権が「資産」に含められてきた先例に照らして)というところも難しかったのですが、私見は何も書けませんでした。(この媒体で私見を披瀝することが求められているわけでもないでしょうし)
前回扱った東京高判平成20年4月22日税資258号順号10944(ブログ)も難しかったのですが、「資産の譲渡」の範囲(「資産」の範囲、「譲渡」の範囲)を整理して理解するのは大変ですね。
| asatsuma | 所得税 | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
武富士事件最高裁判決と高裁判決
水野忠恒「最近の課税判決の動向─武富士事件」租税研究740号21頁
「これは、どうも原審の高裁の判決を正面から取り上げた上で否定しているというより、何かかみあっていないような感じが私にはいたします。」(30頁)

 あの事実関係で住所が日本にあるというのは難しいであろうとは思います。
 しかし私も最高裁判決を読んで、高裁判決を必要以上に【租税回避目的を重視しすぎた暴走した判決という位置付け】に置こうとしているな、と感じました。最高裁が高裁判決の【客観的事情と主観的事情を併せて斟酌】という判断枠組みを否定し【客観的事情のみを斟酌】という判断枠組みを採ったならば、最高裁の結論にとってはそれで充分であって、最高裁判決(や補足意見)の中で租税回避目的について何故あれこれ言わなければならなかったのか?、という違和感を抱きました。
 私が最高裁の判断枠組みや結論を批判しようとしている訳ではないので、講義においても評釈等においても前段落の違和感に言及することはないであろうと思い、ブログ記事にしました。

 高裁判決の判断枠組みは、【租税回避目的の重視】というよりも、【何かの目的に動機付けられた場合の、物理的な所在等の、住所認定における重要性の程度】ということなのであろうと思います。例えば、刑事時効完成を目指して香港に物理的に相当長期間所在している間にたまたま国外財産の贈与を受けた(検察に目をつけられる直前に日本を発ち、時効完成直後に日本に戻ってきた)、という事実関係が仮にあったとしたならば、高裁判決の判断枠組みによれば贈与税の課税に関し香港に住所(生活の本拠)はないと判断する余地がある、ということなのであろうと思います。
 最高裁判決は、高裁判決のそうした判断枠組みを理解しなかった訳ではないであろう、と推測します。寧ろ、最高裁は高裁判決の正確な理解を敢えて無視して、【立法なき租税回避否認の判決は許さん】とするズレたメッセージ(そのメッセージの内容そのものは妥当ですが、そのメッセージは課税庁も高裁も前提としている)を発しようとしているように感じられます。

 2011.7.16追記:外国に逃げたら公訴時効はとまりますよ、という指摘を受けました。恥ずかしいm(__)m ビジネスではない何かいかがわしい目的で香港に逃げている状況、というのが他に思い浮かべば良いのですが、ちょっと今は思いつきません。思いついたら書き足そうと思います。
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| asatsuma | 相続税贈与税 | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
最判平成23年3月25日裁時1528号17頁
草稿・判決文付 固定資産税等の賦課期日における土地の現況のみを考慮した例 最判平成23年3月25日裁時1528号17頁

 平成17年1月1日に建替え中であったところ、工事がうまく進捗せず、結局平成18年に建替え業者に土地を買い取らせたという事実関係で、通達に依拠し小規模宅地特例(地方税法349条の3の2第2項、702条の3第2項)の要件(居住用家屋の「敷地の用に供されている土地」)を満たしていない(通達は、建替えの前後で同一の所有者であることを要求)として平成17・18年の固定資産税・都市計画税を賦課した。
 一審・控訴審は、建替え中が小規模宅地特例の「本来の適用対象」に含まれないとしつつ、建替えの場合に特例を適用する通達は「行政先例」として違法でないとしたが、通達の条件を満たして初めて例外的に救済することの合理性が認められるので、通達が予定していない原告の事実関係については「当然」に特例が適用されないとした。
 上告審は、原告の控訴理由(賦課期日(1月1日)より後の事実で以て特例の要件該当性を否定するのはおかしい)にほぼ沿った形で平成17年分の賦課処分について破棄自判。平成18年分については賦課期日において特例の要件を満たしていないとして請求棄却(賦課処分維持)。

 一審・控訴審の理屈は、論理的に成立しえないとまではいえない、と思いましたが、通達の要件を満たさない場合に当然に救済されない、というのは、執行段階における平等に無配慮すぎるのではないかという疑問を抱きました。執行段階における課税の平等が問題となった事例として、スコッチライト事件(大阪高判昭和44年9月30日判時606号19頁:結論は請求棄却であるが、他税関の20%課税に対し法の正しい解釈に基づくところの神戸税関での30%課税について「違法な課・徴税処分に当る」と判示)が知られています。
 スコッチライト事件では、他税関と神戸税関で同じ物品の課税の扱いの違いが問題となっています。
 本件は建替えの前後で所有者が同一でなく、通達の予定している建替えの前後で所有者が同一であるという場面と、違うといえば違います。この点が、スコッチライト事件と本件との違いといえます。
 しかし、建替えの前後の所有者が同一であるかどうかが、小規模宅地特例の適用範囲を画すに当たって重要な要素であるかどうかについて、一審・控訴審の議論は、おざなりにすぎるのではないか、という疑問を抱きました。

 最高裁のように、賦課期日より後の事象を考慮しないというのは、建替えが賦課期日を跨ぐ場合と跨がない場合とのバランスをとるという観点からは、受け容れられやすいであろうと思います。
 しかし、賦課期日なり所得課税の課税年度なりの後の事象を一切考慮しない、とまで言い切るべきかについて、私は躊躇しています。解説で挙げたホンコン・ヤオハン事件(最判平成9年9月12日税資228号565頁)について、私はあまり良い印象を持っていないからです。賦課期日なり所得課税の課税年度なりの間に何が起きていたかを法的に【評価】(←狭義の事実認定と異なり)するに当たり、それより後の事象を参酌することが、一切許されない、とまで言い切ることには躊躇を感じているからです。後の事象も観察することで問題となっている期日・期間の事象の意味について適切に評価できるようになる、ということって、ありうるのではなかろうか、という躊躇です。
 だからといって、本件で問題となった通達のように、建替えの後の所有者が前のと同一でないという事象を以って賦課期日における「敷地の用に供されている土地」に当たるかどうかの事実が変わる訳ではないと思いますので、本件の最高裁判決に異論がある訳ではないのですけれども。

 昨今の最高裁判例の特徴として、射程を極力明らかにしないというところがありますが、本件でも、建替え中のうちどういう要素を以って「敷地の用に供されている土地」該当性を判断するか否かについては、一切触れていません。こちらについては一般論としての規範の定立をしていないのですね。それでいて、暗黙裡に一審・控訴審の「本来の適用対象」の解釈については否定している訳です。

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| asatsuma | 地方税 | 08:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京地判平成19年11月16日税資257号順号10826
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 ことのついでにこちらも記事化しようかと思い立ち。草稿PDFはこちら
 東京高判平成20年4月22日税資258号順号10944TAINS:Z888-1509確定の評釈を書く機会をいただきましたが、控訴審は何も述べていないので原審東京地判平成19年11月16日税資257号順号10826の方が参考になると思います。
 判決文中では言及がないのですが、代償金が取得費に含まれないとした最判平成6年9月13日判時1513号97頁との関係をどう理解するかが難しいと感じました。本件では債務消滅益なんだから収入金額に当たると言っているのですが、債務消滅であっても受益がなければ収入金額を立たせるのはおかしいという場面もありうるのではないかという疑義を抱きつつ、もしかしたら最判平成6年9月13日判時1513号97頁との関係で本件については収入金額ありとする結論もやむをえないかもしれない……と逡巡しています。
 結論を下しにくい理由として、本件で争点となった課税問題以外の課税関係と絡めないと、本件について収入金額ありとすることの当否を論じにくい、という事情もあります。
 本件ではBCがどう課税されるか不明ですが、草稿に挙げました大津地判昭和60年1月14日行集36巻1号8頁は、BCに相当する者に一時所得課税がなされても原告らに対する課税を否定する理由にはならないとしています。本件で原告らに債務消滅益の一時所得ありとし、BCらに一時所得ありとすると、一時所得が半額課税であることから、ああ、併せて一本ですね、という冗談も考えかけたのですが……(尤も、原告らにとって譲渡所得であるとすると、長期譲渡所得でしょうから、それも半額課税とされるべきであり、併せて一本という冗談は本件では使えません)

 紙幅の都合上、私は収入金額があるか否かの争点に焦点を当てましたが、とある税理士様からは、寧ろ原告らの平成13年分の一時所得とすること(所得の実現時期、及び所得分類)について疑義がある、とのコメントを頂きました。これも、最判平成6年9月13日判時1513号97頁との関係を考える際の障害(になりうるかもしれない事情)の一つです。
 平成12年時点で原告らがどういう収入金額を前提として譲渡所得課税を受けたのか、と絡めて議論しないと、これも結論を下しにくい論点であります。
 また、Fが会社ではなく個人だったら、一時所得ではなく受贈として贈与税の課税を食らうのでしょうか?それも恐ろしい話です。
| asatsuma | 所得税 | 08:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
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